【浜田山の家】「こんにちは」掲載記事






オープンスタイルで光と風と人を招く

武蔵野の緑が色濃く残り、静かで穏やかな住宅街が広がる浜田山。
この地で幼い頃から暮らす建築家・二宮晴夫さんが、昨年、アトリエ兼自邸を完成させました。そこには、街と住まいの良好な関係を育む提案や、暮らしを向上させるための創意工夫、機能的でコンパクトな空間デザインなど、プロならではのアイデアが 随所に施されています。

愛着ある場所に 仕事場と住まいを創造
杉並区浜田山は、都内でも高い人気を誇る街のひとつ。駅周辺には店やスーパーなどが多数あって活気にあふれていますが、ほんの数分も歩けば 閑静な住宅街へと街の表情は変化します。そんな落ち着いた街並みの中に、一瞬、オープンカフェかと勘違いしてしまいそうな建物が現れました。この開放的な空間を擁する建物が、建築家・二宮晴夫さんのアトリエ兼お住まいです。
二宮さんは幼少の頃からこの場所で育ち、住宅メーカーで開発・設計の仕事に携わっていた時期を除けば、設計事務所を構える現在に至るまで、ほとんどの時期を浜田山で過ごされています。
「私が小さい頃は、駅から少し歩いただけで畑が広がっているような、静かでのどかな場所でした。今は畑こそ減ってしまいましたが、善福寺川や神田川が近くに流れていて公園が広がっていたり、住宅街にも緑が感じられたり、親しみやすい商店が多かったりと、暮らしやすい街に変わりありませんね」と二宮さん。
かつて二宮さんのご両親は診療所を開業されていて、ここには診療所とお住まいを兼ねた建物が建っていました。お仕事を引退されたご両親のために、「より快適な家に住んでもらいたい」という想いからお住まいを設計したのが約11年前。その母屋を敷地奥に建てたことで、空き家となった診療所を奥様と暮らすお住まいとして使い、その一部をアトリエとして使われていたそうです。
「母屋を南側に建てたときから、将来は手前の建物も建て直そうと考えていました。その頃から、おぼろげに構想が頭の中にありましたが、具体的に設計に着手したのは約6年前。それからも他の仕事で中断しながら進めていたので、結局5年かかって完成しました」
11年前に建てた母屋も、1年前に設計した家も、共通して意識したのが、光と風です。
「ここは奥行の深い敷地だったこともあって、どの部屋にも光と風を入れるために中庭を採用しました。エネルギー効率の面からいえば、中央に建物を寄せたほうがいいのですが、小さいながらも中庭をつくり、中庭に面して大きな開口部を設けることで、明るさと通風が確保できました」
スタッフの方々も、「窓を開けていると気持ちがいい」と声を揃えます。風に揺れる葉音が聞こえたり、季節の変化を肌で感じられたり、愛猫が自由に出入りしたりと、心地よい時間の流れる日常を楽しんでいらっしゃるご様子です。

街に対して住まいを開き 暮らしても歩いても楽しい街に
この家を設計するにあたって二宮さんが重視したこと。それは、街との関係性です。
「現在は法規上で用途地域が定められていて、その土地に建てられる建物の用途が決まっています。生活環境などを考慮しているからなのです が、私個人の意見としては、もう少し様々な用途が混じってもいいのではないかと思うのです。最近はITの普及などにより、働く場所と住む場所が同じというSOHOも増えてきていますしね」
そしてもうひとつ、戦後の日本の住宅はブロック塀などで囲うことが多く、街に対して閉鎖的な印象を与えやすい、と二宮さんはおっしゃいます。
「敷地を塀で囲って守るという建物のあり方は、武家屋敷に端を発しているものなのでしょう。これも暮らしやすさを形にしたひとつの方法ではありますが、他のアプローチもあるのではないかと感じていたのです。そこで、自分の家では、『住まい が街に対してどれだけ開けるか 』ということを実際に試みました」
完全なお住まいではなく、アトリエというパブリックなスペースを兼ねていたことや、自邸であったことから、「できるだけ大胆に開いてみた」とおっしゃいます。
そうして設計されたのが、このお住まい。奥行の 深い敷地形状を生かし、道路際の前庭から中庭、奥に建つ母屋を経て最奥部の奥庭までを緑でゆるやかにつなげて、懐深い陰影のある表情を創出しています。
「内と外との区別を減らすことで、住む人と街行く人がさりげなく顔を合わせたりすれば、もっと驚きや出会いが生まれて、さらに暮らしが豊かになるのではないでしょうか」
そんな建築家としての社会に対する提案も、この建物は示してくれています。

アイデアを形にするべく 自らの家で研究・実験も
建築家が手がけた自邸ということで、「街に対して開く 」というコンセプト以外にも、ユニークかつ実験的な試みが随所に見られます。ひとつは、壁面収納棚です。
「ほぼすべての部屋の壁面に設けているものですが、実は、縦方向の板は構造躯体の一部。これに横板を造り付けることによって、棚として活用しました。このように、あらかじめインテリアまでトータルに考えて設計すると、機能的でまとまりのある空間になります」と二宮さん。
特にアトリエは、所有するすべての本やカタログ等のサイズを測り、冊数を数えて、すべてがうまく納まるように設計したとおっしゃいます。
さらに驚く試みが、冷暖房。なんとアトリエにはエアコンがありません。
「冬は温水温風式の床暖房、夏は敷地内の井戸水を利用した輻射冷房を使っています。冬は裸足で過ごすと気持ちいいほど温かいのですが、真夏の暑い時期は少々辛かったので、今年は改良しようと考えています」と楽しそうに話します。
他にも、芝生やハーブを植えて屋上を緑化したり、打合せ室の床に芝生を植えたり、漆喰の色や質感にこだわったりと、試行錯誤を重ねてより良い手法やデザインを追求されています。「今度はこんなことをしたいとか、こうすれば もっと良くなる、といったことをスタッフと話し合うのも楽しいですね」 朝早い時間には、スタッフの方が植栽の手入れをしている姿も目撃。飽くなき探究心と日頃のメンテナンスが、心地よい空間を生む秘訣なのかもしれません。

空間の機能を複合化させると 自然に人が交流する
平日の大部分の時間をスタッフの方々と一緒に働くための場所、そして別の設計事務所で仕事をされている奥様とオフの時間を過ごす場所。この建物は、その2つの機能を備えていますが、意外にも、使う人を特定しない空間が多く設けられています。
「1階のアトリエと2階のプライベートスペース はそれぞれ専用の空間ですが、それ以外は職と住の機能が交じり合う場所として、スタッフも家 族も使える空間にしています」
それが、道路に面した開放的な空間の打合せ 室、土間仕様の台所、板の間に卓袱台を置いた食堂、2階のライブラリ。台所の食器や調理器具は、壁の棚に収納されていて、一目でどこに何があるかがわかるため、誰にとっても使いやすくなって
います。 「機能が複合化することで、空間を効率よく活用できますし、たとえ使う時間が重ならなくても、空間を通して温かい交流が生まれると思います」
仕事の関係者やお知り合いの方などを招いて パーティを催すことも多く、台所では数人が同時に作業したり、井戸のまわりに人が集まったり、デッキに座って話に夢中になったりと、ゲストもスタッフも自由に楽しんでいるのだそう。どうやらこ の家のあらゆる場所が、人との輪を育む装置の役割を果たしているようです

シンプルで使いやすい プライベートスペース
二宮さんと奥様が暮らすプライベートスペースは、アトリエ真上の独立した空間。1階台所脇の階段を上り、中庭と打合せ室を見下ろす渡り廊下を進んだ先に位置しています。この半屋外の渡り廊下が、空間的にも心理的にもワンクッションとなって、オンからオフへ、オフからオンへとスムーズにチェンジしてくれるようです。
室内は、玄関を入った中央部分に水まわりやクローゼットなどが集約されていて、その両側に2つの居室が位置するムダのない構成。行き止まりのない回遊式の動線で、床に段差がなく、トビラも最小限に抑えられていて、とても機能的です。
「妻も私も小ぢんまりしているほうが好きで、究極を言ってしまえば生活スペースはワンルームでいいと思っているくらいなのです。この空間も、水まわりのコア部分は壁を天井まで立ち上げないで箱のようにデザインし、全体は大きな1つの空間として捉えられるように設計しました」 確かに天井面を見ると、途切れることのない1つの面を成していて、反対側の居室に居ても相手 の気配が感じられそうな不思議な空間になっています。
現在は、中庭に面した南側の居室をリビングとして使い、北側の居室を寝室として使われている そうですが、光の具合がちょうどいいほうで読書をしたり、季節によって寝る部屋を変えたりもするのだそう。2つの居室に確かな性格づけはせず、フレキシブルに使いこなすという柔軟な発想は、
「用途や機能を混在させることで活性化させ、豊かさを創出したい 」という二宮さんの設計思想に通じているようです。